とてつもない台風19号が列島を直撃し、大変な惨害を及ぼしました。そして、同時にあまりプロ野球やサッカーのように普通の人の関心を呼んでいなかったラグビーのワールドカップが日本で開催され、大方の予想を裏切って(?)、日本は連戦連勝、世界の強豪チームに勝ち続け、決勝リーグに進んだのです。とんでもないこと(?)は続くものでしょうか。


 それとも、「ついに10月、消費税が8パーセントから10パーセントに上がった」「ものによっては8パーセントのままでしょう」「カードなんかで買うと5~10パーセント分がポイントで還ってくるみたい」これが皆さんの今の最大の関心事でしょうか。「いや、ちゃんと終活もやってますよ」いずれも大切な事ですね。でも、ジワジワと私たちの生活の、人生の土台が動き出しているんじゃあないですか。「ひょっとしたら四季が崩れて行くのかしら」


 近頃の台風はどうですか。鉄筋コンクリート製の電柱もなぎ倒されるでしょう。

 
 最近、新聞に小さな記事がでていました。自衛隊の戦闘機が初めて米英以外の国、オーストラリアの戦闘機と共同訓練したというのです。知ってましたか。


 日本を取り巻く国々、世界は大きく変わりつつあるようです。敗戦から70年以上がたって、日本は世界第2位の経済大国のはずだったのですが、今は中国が遙かに先を行っています。これで、核を持ったままの北朝鮮が韓国と合同すれば、日本は完全に核保有国にとり囲まれることになります。皆さんちょっとのんきすぎませんか。


 ホンコンでは中学生、高校生までも命がけで「民主主義」を守ろうとしています。「けがしないようにね」だけですみますか。


 あなたの毎日の生活は誰のおかげでこうなっているんですか。みんな、この世にはいない人たちが積み重ねてきた努力の上に成りたっているんでしょ。朝起きた瞬間から、私たちはたくさんの人たちの努力によって支えられています。ところが「オレは一人で生きて行くんだ」「自分の思うとおり生きるのが一番幸せなんだ」「人間は生きているウチが花よ。死ねばお終いだ」葬式を単なる「お別れ」としてしまった。大切なご遺骨を海に捨ててしまったり、草木の肥料にしてしまったり。


 女性が一生をかけた仕事につくことが当たり前になった現在、男性も女性も一端外に出れば独立した職業人です。職場には自分のパートナーよりも優れていたり、そう見えたり、優しく見える異性もいるのではないでしょうか。結婚したときより、遙かに相手の価値を具体的に深く知ることができる(できると思い込む)働き盛りが「落とし穴」ですかね。そこに犠牲者、つまり子供があります。子供は親を選べません。


 残念ながら、子どもが減れば、私たちが受け取る年金や医療保険の元手が減るのは当然の結果でしょう。いくら消費税を上げてもたりませんよ。福祉にかかるお金は年間120兆円、これがもうじき140兆円になるのです。どこからお金が降ってくるのですか。「防衛費を削れ」という人たちもいます。でも、防衛費は約5兆円、その半分は人件費です。周辺の国々が毎年防衛予算を10%以上増やしているとき、ちょっとのんきな気がします。


 さて、10月13日は鎌倉時代に登場し、「法華経信仰」を広めた日蓮聖人が亡くなった命日です。この日を賑やかなお参りで盛り上げよう。「日蓮聖人にお目にかかろう」と、纏をふり、万灯を飾り立てて盛大な太鼓や笛で信徒たちがお寺に押しかけてくる「お会式(えしき)」という行事が江戸時代から盛んに成り、今でも、東京都大田区の「本門寺(ほんもんじ)」には百に迫る「講中(こうじゅう)」という団体が前日の夜から賑やかに参拝し、一般の参拝者も20万人といわれています。


 ご承知の方もおられるでしょうが、この日蓮という方は千葉県の小さな漁村、小湊に生まれ、真言宗の本山清澄寺(せいちょうじ)で勉強し、英才を認められ、天台宗の開祖、伝教大師最澄(でんぎょうだいし・さいちょう)が開いた京都比叡山延暦寺(えんりゃくじ)に派遣され、日本に伝えられた全てのお経を勉強しました。「妙法蓮華経(法華経)こそが一人一人の人間をお釈迦様と結びつける教えだ。おしゃかさまの願いは全ての人間を仏の世界に導くことなのだ」と確信して清澄寺に帰ってきたのです。


 ご存じの通り、仏教にはいろいろな宗派が有ります。日蓮の主張したことは多くの点で他宗とは異なっていたため、日蓮はその後、様々な方面から迫害を受け、何回も命を狙われ、死刑執行寸前や流罪となりますが、主張を改めず、信者は数百人、山梨県身延山から病気療養のため茨城県の温泉に向かう途中、東京都大田区池上の里で61才で亡くなっています。


 その後、教えは急速に広まり、今日に及んでいます。もし、今の世と人の幸せを日蓮聖人にうかがってみたらどんな答えが返ってくるのでしょう。鎌倉時代と現代ではずいぶん世界は変わりました。人間の生活も変わりました。「お会式」にお詣りに行ってみませんか。


 「そう言われても、オレは毎日ご先祖さまに、ドーカお守りください、と祈っているから大丈夫だ」「仏壇は家族をご先祖と結びつけ、家族の毎日を守ってくださり、自分の命の源泉を自覚させてくれる場所なんだ。ちゃんとウチの仏壇を護っているから、悪いけど日蓮さんまでは手がまわらねえんだ」


 では、日蓮聖人の像は、その後ろの御曼荼羅ご本尊はなぜあるのですかですか。


 「そういう、難しい話しは嫌いだよ!」でも、ここが本日のキモでしょう。


 自分が死ぬ事と死んだ人を忘れる時代になったのです。「親」や「家」に一生縛り付けられている時代は終わりました。「人生は自分だけのもの」などというインチキな考えが広がってくると、糸の切れたタコのように人生をふらふら漂う人も増えてきました。
では一体、「人生って何のためにあるんだ」ってことでしょう。


 法華経の第11章には釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)、つまり仏様であるお釈迦様はお父さんの大通智勝如来(だいつうちしょうにょらい)から「おまえは娑婆世界に行ってそこにいる全てのものたちを救いなさい」と、この「娑婆世界」に派遣されたのだ、とあります。だから、お釈迦様の願いは「一切衆生を仏にしたい」ということなのです。
 
 いろいろな宗派で拝まれている仏様たちの中で人間としての一生を過ごした仏様はお釈迦様だけでしょ。でもなぜ?


 日蓮聖人はボーダイなお経の中から「人々を皆、仏にしたいという願い・仏の救い」が述べられた如来寿量品(法華経の第16章)の最後が「毎(つね)に自ら是の念を作す。何を以ってか衆生をして無上道に入り、速やかに仏身を成就する事を得せしめんと」とあることこそお釈迦様の本願なのだ、と受け取られ、これを一生の願いとしました。


 目に見えなくても、親はいます。先に死んだ奥さんの墓にずっとやってくる人もいます。たくさんの人たちの、長年の努力があります。自分も何か他の人たちの役に立っている。そういう実感を持てたらあなたは幸せですね。


 また、日蓮聖人は「我ら衆生は5百塵点刧(じんてんごう)(とてつもなく遠い昔)よりこのかた、教主釈尊の愛子(あいし)なり。不孝のとがによって今に覚知せずといえども、他方の衆生(他の宇宙の人間)には似るべからず。有縁の仏と結縁の衆生とは、例えば天月の清水に浮かぶがごとし(法華(ほっけ)取要抄(しゅようしょう))」と、私たちとお釈迦様が生まれる前から、しっかりと結びつけられていることを教えてくださいました。


 人は自由に相手を選べない時代から、皆が不幸になっていたのではありませんね。今は自由に選べる時代のはずですが、なんで結婚してもすぐ離婚する人がどんどん増えているのでしょう。日蓮聖人は「そもそも地獄と仏とは我等が五尺の身の内に候と見えて候。(重(おもん)須(す)殿(どの)女房(にょうぼう)御返事)」とおっしゃっておられます。一生を通して、文字通り、命がけでこの日本国にお釈迦様の「人々を幸せにする教え」法華経を広めるために捧げられました。私たち一人一人が幸せになり、仏の国に旅立てることこそ、心からの願いなのです。もしあなたが「お会式」のお詣りをする機会があったら、「お手綱」を通じて日蓮聖人の手に触れ、その教えをしっかりと受け止めてください。あなたの心に「幸せ」がやどりますよ。
(この文章は去る10月12日、池上本門寺の第738遠忌「お会式」でお話しする予定だったレジメに加筆・修正したものです)

2019年10月