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  新年、明けましておめでとうございます。
  関東地方は元日の夕刻、白いものが降ってきた以外は、まずまずの天候に恵まれた年明けだったと思いますが、みなさまはいかがだったでしょうか。今年一年が、皆様にとって幸多き一年となるよう、心よりお祈り申し上げます。

  さて、前にも書いたと思いますが、歳を取るにしたがって、一年がたつのを「とても早い」と感ずるようになってきました。「時計の針」が早く回り出したのです。皆さんはどうでしょうか。

 もっとも、こうした感じ方とは別に、日本人の平均寿命はますます長くなっているようです。90歳以上が百万人を超えたとも聞きました。そのこと自体は大変結構なことなのですが、今ではお葬式があっても、「亡くなった方の友達がほとんど先に逝ってしまって、会葬者が少ない」とか、「喪主の息子さんも、とうに定年を過ぎているので、盛大にはやりにくい」という声も聞こえてきます。

 人間の尊厳は生きているときだけのものでしょうか。「人生」とは生きているときだけのものでしょうか。人間以外の動物であれば、あるいはそうかもしれませんが、人間は違いますね。だって、今は無き家族のことを全く考えない人なんていますか。

  それに、私たちの毎日は朝起きた瞬間から、とっくの昔に亡くなった人の考え出した道具や技術などに頼って生活しているでしょ。30年前に起こった出来事が関係してくることもあるし、国で考えれば、70年前に終わった戦争の詳細な実態が解明されたり、戦死した方の遺骨がようやく収拾されて祖国に帰ってきたり、百年以上前に建てられた家に住んでいる人がいたり、百年後、二百年後を目指すプロジェクトが動き出したり、要するに「自分が生きる間のことだけを考えれば良い」なんて話は通じない動物なんだと思います。

 2年ぶりに総選挙があって、それなりに国民を代表する議員さんの顔ぶれも変わり、ともかくもこの国は大震災からの復興と5年後の東京オリンピックとパラリンピックに向かうという、大きな目標を持って進み始めました。「人口の減少」とか「人のいなくなる地方」などという後ろ向きな話から抜け出して、明るい方向に向かって進んで行きたいものですね。

 新しい年に、何か一つでも目標があると人は元気が出るものです。「そんな簡単なものじゃあないですよ」という声も聞こえてくるようです。それはそうでしょう。でも、最初から「何をやってもだめだ」と思い込んでいては何も起こらないでしょう。

  今よりも、もっともっと経済的には収入が少なかった頃、人々の目は輝いていました。それは多くの人々が自分なりに手近な目標を持って進んでいた、ということと、「これからはもっと収入も増える」と信じていたからだと思います。

 目標は自転車を買うことだったり、それがテレビになり、自動車になり、郊外の住宅であったり、子供を大学にやることだったり、いろいろでした。

  「もう買うもんなんか無いよ」という人に出会いました。失礼ですが、目標はお金で買えるモノだけではありません。むしろ、それよりももっと難しく、値打ちがある目標を作ることも十分に可能なのです。


  東日本大震災後の「反原発運動」とか「集団的自衛権反対」とか、少々やっかいな問題も今年はいろいろと動きがあるようですね。


  これを政治的に論じるのは今の私の立場ではありませんが、少なくとも「反原発」はこの国のエネルギーの根幹をどうするのか、という私たち一人一人の毎日の生活と直結した、極めて具体的な問題です。

  原発は現在多くの国で稼働し、これからもっと造ろうとしている国もたくさんあります。だから、日本に原発があったことはそれほど異常だったとは思いませんが、これまで、この国を動かしてきた人たちが、どの程度人々の「安全」を真剣に考えていたのか。日本列島の自然条件のなかで、原発を利用して行くことが他の国と比較してどうだったのか。



 「福島第一は日本の技術ではなかった。福島第二や女川原発は無事だったじゃないか」という意見もあります。それも一理あるでしょう。でも、もし、もう一度あのような事故が起こってしまったら、この国は本当に危機的状態になってしまうでしょう。安全性の基準を本当に真剣に考えてほしい、と心から願っています。



 「集団的自衛権」については敗戦後70年、この国の一般的な国民は「もう、軍事的なことは考えなくってもいいんだ」と思い込んで、実は危機的状況にあった敗戦後の経済を隣国朝鮮の戦争で生じた特需でたてなおし、経済成長が始まった、なんて知ろうともしませんでした。


 米軍の注文を受けて、「平和」といいつつも様々な武器や爆弾までじゃんじゃん製造し、強く「要請」されたためとはいえ、志願者による掃海部隊を編成して、実戦が行われている海域で機雷除去を行い、戦死者一人を出したことなどほとんど知らされていませんでした。その後のベトナム戦争で米軍の軍用トラックを大量に生産する機会を与えられ、自動車産業発展の基礎ができたとか、武器製造から、様々な後方支援で重要な役割を果たしたなんて、考えないようにしてきたんじゃあないでしょうか。


 「平和」はとても大切な事ですが、「平和」という御札を玄関に貼っておいても日本が平和でいられる保証はありません。でも、あまりにも長い間、日本人はこうした問題を「自分の問題」と考えてこなかったので、事の性格がよくわかりません。


 「スイスの中立が良い」という人にはずいぶんと会いました。でも、スイスは国民皆兵で、国の予算の40パーセントが防衛費です。そして、主要産業はミサイルなど精密兵器、日本の自衛隊もかつて輸入していたエリコンというミサイルもスイス製です。「中立」といっても、それで周りの国が「ああそうですか」と言ってくれるわけもなく、「中立」を護って行くのも命がけのようですね。


 敗戦後の日本が連合国の占領下にあった時代に、中国とソ連が結んだ「中ソ友好軍事同盟条約」の中には、「日本および日本を基地とする国の軍隊から攻撃された場合・・・」という文言がありました。まだ、その時は日本は主権が制限され、安保条約や自衛隊もない時代だったのに、これが世界の現実です。


 今、中国の中距離弾道弾(弾頭には核兵器が搭載されています)は日本の30以上の地域に照準を合わせています。このことは中国も否定していません。ロシアも同様です。北朝鮮の核兵器だけが危ないのではないのです。1980年に訪米した際、私は「貴国のミサイルは日本にも照準を合わせてあるそうだが」と質問したことがありました。否定はされませんでした。同盟国といってもそういう用心深さを持っているのが世界の現実なのかもしれません。


 そうした条件の中で、これらの国々との友好を深めて行かねば成りません。だから、難しいのです。だから、簡単に「話し合いで」というようなわけには行かないことはおわかりになるでしょう。少しずつ、私たちは「世界」を知り、この国の安全と平和について「他人事」としてではなく、「たてまえ」としてではなく、もっと現実的な問題として考えて行くクセをつけて行かねばならないのでしょうね。過去40年近く、お坊さんとして毎朝(二日酔いの朝を除く)のお経の時、「世界平和」を祈ってきました。ただし、その一方で、現実の状況を少し知っている人間としてはつらいものがありました。


 母の背中で平塚の空襲を体験し、近くの丘が真っ赤なシルエットとして浮かび上がっているのを記憶している人間として、毎日、今現在も、世界中で踏みつぶすように殺されている人々を思うと、「人間の愚かさ」を呪いたくなるときがあります。


 でも、人間は愚かだけではなく、知恵と勇気と、そして優しい心も持っている動物だということも信じています。今年が皆さんにとって、少しでも良い年となりますよう、改めてお祈りいたします。

2015年1月