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 「大変長らくお待たせいたしました」いや、どなたも待ってはおられなかったかもしれませんね。「更新前のこの欄の原稿を書いたのは確か3月」早くも夏を思わせるような30度を超えるような日もあるおかしな梅雨の季節とは、改めまして、お詫びかたがたご挨拶いたします。

  2年ぶりで、祖山身延山久遠寺へ檀家の皆さんと輪番奉仕(交代で日蓮聖人のお墓をお守りする、という意味です)に出かけました。翌日は早朝5時半からの「朝のお勤め」にも参加させていただき、久しぶりにすっきりした思いを味わいました。あまりにも自分も世間も、そして世界もがさごそと騒がしく、罪なき人々が虫けらのように殺され、「もう、いやになっちまうなあ」と腐っていたのがウソのように、一瞬晴れ晴れとした気持ちを味わわせていただき、御仏に「ありがたい」という思いを深くいたしたのです。

  それにつけても、「アルツハイマーが進行して、原稿を書けなくなったのでは」とのご心配をもたれた方もあったのではないかと、大変恐縮いたしております。

  3月のお彼岸が開けて、そろそろ「住職の心情」を書かなければ、と思っているウチに、心は、3年ぶりの報道団体の年次国際会議への出席に奪われ、なにぶんにも開催地がケープタウン(南アフリカ共和国)という、飛行機で24時間前後かかってしまうところだったので、老人の一人旅にウチの者は「行き倒れ」を心配して大反対。

  すったもんだの末、家族の反対を押し切って切符を手配(これくらいはインターネットでできるのだ)、「飛行機に乗ってしまえばこっちのもんだ」と一人で出かけてしまいました。この旅行についてだけで、この欄は埋まってしまうほどの内容がありました。

  ともかくも、かつて自分が開催準備・事務を担当した京都でのこの団体の年次総会に大統領になる前のネルソン・マンデラ氏をゲストの一人として迎えた人間として、極端な人種隔離政策(アパルトヘイト)が廃止されて20年の南アフリカを見てみたいという願望もありました。今回は最初のセッションで、そのマンデラ氏を牢獄から解放し、国民全員参加の大統領選を実現したデ・クラーク元大統領の言葉も聞けました。

  激変した世界のメディア事情を実感し、日本の存在感が希薄になってしまったことを痛感し、広大な大地とバスコダガマやマルコポーロも上陸したというアフリカ最南端の「喜望峰」で、インド洋と大西洋が交わる様に感慨を覚え、帰国のため空港に着いたのです。ところが、予定便は12時間の遅延と表示されているではありませんか。

  ともかく、15時間の遅れで羽田に帰ってきたのは良かったのですが、翌日、翌々日と予定の法事をつとめたところで、発熱してダウン。ようやく10日の療養で回復に向かったものの、月末は池上本門寺さまの恒例の「千部会(せんぶえ)」での法話をいたさねばならず(話せば長くなりますが、恥ずかしながら、昨年来春の「千部会」と秋の「お会式」の法話をさせていただいております)、5月の恒例「虎御石まつり」準備に忙殺され、引き続き6月はじめの身延山参拝準備、そして無事終了したところで、「あっそうだ。住職の心情があったのだ」と気がついた、といえば、何ともお聞き苦しい言い訳になります。

  加えて、10年以上にわたって書きためておいた原稿を出版する話があり、その整理が私の、容量の小さなゲンピューターのメモリーをパンクさせていたのです。まことに申し訳ありませんでした。

  この間、世間はブラジルでのワールドカップに熱狂し、国会では安倍晋三総理が急ぎまくる「集団的自衛権」の自民・公明の「与党協議」、そして、蚊帳の外に置かれた野党とイライラが募るマスコミと、ややこしい限りです。

  しかも、ぐるりと世界を見渡してみると、お隣の韓国での理解不能の船の沈没と大量の高校生の死。中国での隠しきれなくなってきた各地の暴動と、南シナ海、東シナ海での完全に国際法を無視した、というか、「中国に相談もなく決められた国際法など意味がない」と言わんばかりの古代文明発祥の地という「ご本家」の開き直り。

  毎日100人以上が殺されても、国際社会は何もできないシリア内戦。急にイスラム原理主義のグループが首都進行を始めたイラクと軍事介入に懲りた米国のためらい。200人以上の女子高校生を拉致し、「西欧の教育を受けてはならない」と平然と殺害もほのめかすナイジェリアのイスラム急進グループの、武力にものを言わせた活動。

  その多くに宗教が深く絡んでいるとあっては、いよいよ宗教に関係する者としては無力感と人間の悲しさを痛感するばかりです。

  本来宗教は人間の幸福のためにあるはずのものなのに、先輩曰く「宗教者の本文は祈ることです。祈ることしかできないのです」

  理屈としてはそれはそうかもしれませんが、「それでいいんでしょうか」という思いが強くなるばかりです。

  戦争に敗れて70年。この国は切った張ったはすべてよその国にまかせ、外国人を一人も軍隊の武力で殺さないでやってきました。それなのに、世界はその真逆をひた走っているように見えます。ひたすら、様々な理由をつけて殺し合いを続ける世界の国々。たとえ、日本人が出かけていって、「話し合いで解決しましょう」と呼びかけてもやめてくれないでしょう。

 それとも、あなたは、本気で「話し合いで解決」できると考えていますか。 もしそうならば、是非一日も早く世界中の紛争地域におもむき、話し合いで殺戮を止めてください。えっ、「そんなところ危なくって行けない」っておっしゃるんですか。

  あなたをせめる気持ちはありませんが、本当に情けなく、残念でなりません。21世紀は希望の世紀になるはずだったんではありませんか。「人間の欲望は果てしない」ことぐらいはとっくに知ってますよ。でも、それを克服するために、いかに多くの人々が命がけで働いたかも知っています。

  挙げ句の果てに、「結局俺のまわり、半径5メートル以内が安全なら良しとしよう」なんて、思わないでしょうね。私たちの生きる社会は今や5メートルどころか、様々な関係で地球の果てまでつながってしまっているんですから。

  「それでも、俺はこの辺で手一杯なんだ」といっても、それをいつまで許してもらえますかね。宗教に関係するものとして、無力感を深めるとともに、それでも、人間の将来に希望を持ちたいと強く願わずにはおられない私なのです。自分の人生が終わりが近くなったことを強く感じるようになった今、いっそうその思いを深くしています。皆さんや皆さんのお子さん、お孫さんの幸せを強く願い、祈る毎日です。

2014年 6月