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 みなさま、明けましておめでとうございます。

 昔から、正月はなにはともあれ、おめでたいはなしをすべし、といわれてきましたから、そのようにいたしたいと思っておりましたが、年末から周囲の説得を押し切って実行された安倍首相の靖国神社参拝というニュースもあり、内外共に多事多難を思わせる年明けとなってしまったようです。

 ただし、やはり、良いことから書きたいと思います。昨年、大磯は神奈川県から、横浜、鎌倉、箱根に次ぐ観光の第4の核として指定されました。黒岩知事出席で開催された記念のイベントで、知事自身が大磯について余りよく知らなかったことを知りましたが、一生懸命PRしてくださるということでした。

 大磯は明治時代、軍医総監松本順により「日本で最初の海水浴場」として整備されました。しかし、それよりも、初代伊藤博文以来吉田茂まで、8人の総理大臣が住んだ町であり、一時は大磯で閣議が開催できるといわれたほど、総理大臣だけではなく、政府の官僚や高級官僚、大将や元帥といった軍人、三井、三菱、安田などの財閥を初めとする経済人が屋敷を構え、片岡仁左右衛門等の歌舞伎役者や著名な文化人も別荘を構えていたのです。

  今では一軒のお屋敷が10軒~20軒ほどの住宅地に姿を変えている場合もありますが、昔の姿をとどめている屋敷も残っています。早くこうした文化財を自由に散策できるように整備が進む事を願います。消失した吉田邸も主要部分の再建が決まり、約1万坪の庭園部分は県立公園として公開が始まっています。約5千坪の初代伊藤博文総理の屋敷も朝鮮李王朝最後の皇太子の住居となった後、政治家の楢橋亘の屋敷となったり、中華料理レストランとなったり、数奇な運命をたどってきましたが、いま保存の方法が模索されています。

 島崎藤村や新島襄、日本画家安田靫彦、文芸評論家福田恒存などの終焉の地でもある大磯は近代史の生き証人でもあります。沢山の人たちがこれらの場所を訪れてその臭いを体験してくれれば有難いなあ、と願っています。

 ところで、正月のテレビ番組で、維新の会共同代表の石原慎太郎さんが出演したのを見ていて、「やっぱりこの点だけは書いておいた方が良いかな」と思った点がありました。

 エライ方もそうなのかどうかは知りませんが、石原愼太郎さんは首相の靖国参拝に「同盟国」の米国から「失望した」という、これまでにない強い表現で批判された事について質問されると、ご自分の「嫌米」ともいえる感情を吐露されたのです。少年の日、特別に手に入れた切符で極東軍事裁判を2度傍聴したそうです。そのとき、履いていた下駄を脱ぐように指示されたことなど、大変に屈辱的に受け取られたようで、それらの思い出が80歳を過ぎた今でも、アメリカに対する「嫌いだ」という感情の基礎となっているのだそうです。

 戦争が終わって70年経っても、中国や韓国の人々の日本に対する感情にどうしても戦争の時の事が消えないのは石原さんなら、ご自分の経験から良く理解できるでしょう。とても、デリケートな問題で、言葉に出す出さないは別としても、日本人はこの点を忘れれば多くの国との友好は進まないでしょう。

 しかも、問題はそれに止まりません。日本はサンフランシスコ講和条約で過去の戦争や中国大陸への進行を侵略と認める事、東京裁判の結論(A級戦犯の処刑を含む)を認める事で独立を回復したのです。言うまでもなく、東京裁判を主導したのはアメリカです。そして現在の国連の常任理事国5カ国です。

 つまり、日本の総理大臣が東京裁判(勝者による、それまで存在しなかった罪名で日本の指導者を裁いたというのは事実)を公式に否定すれば、それはアメリカやイギリス、フランス、ロシア、中国が間違っていた、ということで、日本に対してのナマの感情を押し殺して「友好」を推進してきた人々、そういう人々の説得で日本を友人としてきた人々は立場を失ってしまう、ということがおわかりですね。

 中国の王毅外交部長(大臣)が矢継ぎ早に各国と電話で話し合っているのは、70年前の同盟軍を構成していた国々に日本はサンフランシスコ講和条約の前提を否定しようとしている。気をつけましょう、と呼びかけているのです。もっとも、この条約にロシア(当時のソ連)は調印しておらず、中国(当時の中華民国政府)は政権が分裂している事もあって、調印に招待もされていなかったんですが、そんなことはどうでも良いとばかり、「日本包囲網」造りをせっせと進めているのです。

 そういえば、1930年代にも「ABCD包囲網」というのが作られたんですが。これも、現在から見れば、当時の日本の指導者の国際理解レベルの低さと、情報把握の目を覆いたくなるほどの幼稚さの結果だと言うことがよくわかります。

 若い方の中には「そんなの生まれる前の話でしょう」と思う人もいるかも知れないけれど、そういう考え方だと、アメリカとの同盟の基盤は崩れてしまうんです。もちろんアメリカとの同盟関係を解消することも選択枝でしょう。それこそは中国が一番望んでいることでしょうから。でも、私はそんなことしたら、日本は簡単に別の国の属国になってしまうか、集団的自衛権はそもそもあり得なくなるわけですから、今の何倍もの軍事費を使って自分で武器開発からものすごい金をかけて単独でやるか、ロシア、中国等から輸入するか、あまり想像したくありません。

 「話し合いで」という常套句もありますが、大変残念ながら、簡単なことではありません。日本政府は北朝鮮との話し合いを続けてきましたが、まったく進まず、拉致された方々のご家族も歳を取るばかりです。是非「話し合いで解決すべし」という方々は北朝鮮に行ってください。そして、「話し合いで」拉致された方々を連れて帰国してください。

 ロシアに行って北方領土問題を解決してください。今やロシアは北方領土の開発を本格化し、あの島々で生まれた人たちが70代となります。ただちに解決してください。

 中東をご覧ください。パレスチナ問題は4千年の歴史を引っ張って、毎日多くの人が死んでいます。直ちに和平を実現してください。そして、国連が核武装する5大常任理事国の拒否権発動で機能不全に陥っています。ちなみに日本はまだ国連の旧敵国です。直ちに国連を改革してください。

 同じ敗戦国でもドイツはすでに50回以上憲法を改正しています。その一方、周辺諸国に対してはただ、アタマを低くし、「信頼されていない」ことを強く自覚して忍従しつつ、ヨーロッパの主要国となっています。

 だれも戦争を望んではいないと思います。なのに、毎日この地球ではたくさんの人が殺されています。しかし、全力でこうした状況を改善しようと奮闘している人たちもいます。
 今年、少しでも、こうした状況が良い方向に動くことを心から祈る新年です。
 

2014年 1月