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 お盆が終わりました。むかしから、お盆になると亡くなった人の魂が 「里帰り」 するといわれています。しかし、最近ではそういうはなしに関心がなく、「人は生きている間だけが価値がある。死んでしまって何がある」と思っている人も少なくないと聞いています。特に昨今の世相を見ていると、圧倒的に、「生きているウチが花」と信じる人たちが多いような気さえする私です。


 「こんなにイソガシイ世の中では、とうてい仏さんのことまで考えていられないですよ」という声も聞いています。

 ところが、最近思いもかけない方角から”援軍”がやってきました。東京大学医学部の救命治療部長矢作直樹教授です。救命センターに運びこまれる沢山の患者さんと格闘してきた矢作(やはぎ)教授が、「人は死なない。魂はずっと続く」と語るのをテレビの番組で見たのです。肉体は滅んでも霊魂は死後の世界に生き続けると実感しているのだそうです。これは、人が亡くなる直前、はっと驚く顔をする、お迎え現象を多く見てきたことと、自身が北アルプスで遭難して仮死状態の中で「もう来るな」と言われて蘇った体験から、次第に確信するようになったということです。


 現代人は核家族化で 「死」 が身近でなくなり、人が病院で一生を終わる場合が多くなったことと、どうしても 「死」 が遠くなってしまったことによるようです。この本の出版について「同僚の反応は半々」だそうですが、「見えないから科学ではない、といえば、電気も見えないが科学になった」と考えておられるというのは興味あるところです。

  そういえば「空気」も見えませんね。空気なくして人間は十分とは生きられないというほど大切なものだというのにですよ・・・・。


 今年も「新盆」を迎える「ほとけさま」たちが沢山おられました。お寺の関係者、つまり「檀家さん」や納骨堂に収められた仏さまは当然として、今年は私の友人にも「仏さま」 になってしまった人たちがいます。優秀な新聞記者で新聞社を引退した後で、ミャンマーの山村をルポしたすばらしい写真集を出版したばかりだったのに・・・・


 年のことですが、8月15日が近づくと新聞やテレビは太平洋戦争についての特集記事や番組が多く報道されます。今年目にとまったのは北朝鮮からの引き上げをソ連やアメリカにじゃまされ、家族を失った人々が70年近く経って肉親終焉の地を求めて「ここです」と言われたところで線香を焚き、一生懸命長年の無沙汰をわび、祈る姿でした。70年経っても人は亡き人を忘れず、真剣に最後の場所を求め、話しかけ、詫び、祈るんです。 遺骨を求め、万難を排して探し回り続けるのです。それなのに、一方で死んだら骨をまいてしまう人がいるのには悲しくなります。死んだら終わりと思っているんでしょうね。ほんとうに、涙が出てきます。人は15代遡ると、一人の後ろには一億人以上の人がいるといいます。そのウチの一人でも欠けると、私たちは存在できないのです。


 どうです。もう一度ご自分の命の元を考え、ありがたさを実感しましょうよ。暑い夏は続いています。どうか、くれぐれもご自分の命を大切に。 

2013年 8月