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 異常な天候のせいでしょうか。わが延台寺の桜が早くも咲いています。「お彼岸に桜?これではお釈迦さまの頃には散ってしまうかも」天変地異の前触れでないことを祈るばかりです。

  ところで、経済がようやく薄日がさしだしたと思ったら、尖閣列島近辺の海洋で中国の軍艦が自衛艦に射撃照準のレーダー照射を行うという、戦闘すれすれの行為に出るという事が起こりました。日本側では中国海軍は急速に発展しているものの、これまでの人的な訓練や習熟度が低いという現実に注目しているようです。しかし、なによりも、ご存じの方も多いと思いますが、中国の軍部は政府に属していない存在です。まるで1930年代、帝国政府の指示を無視し、大陸侵攻に突っ走った日本陸軍を思わせるような、背筋の寒くなるような思いがいたします。


 そして北朝鮮は予定通り(?)三回目の核実験実施し、朝鮮戦争の休戦協定を一方的に破棄すると発表するなど、戦時体制突入を思わせる物々しさ。目下のところ韓国政府は冷静沈着に対応しているようですが、北からは韓国の通信網へのサイバー攻撃が疑われるなど目が離せません。


 日本では東日本大震災の3回忌が終わったばかりだというのに、東南海、南海巨大地震のシミュレーションが政府から発表され、死者の数は32万人、経済的な損失200兆円以上と、いずれも東日本大震災の10倍以上の、気も遠くなるような予想です。しかも、これには相模湾トラフを震源とする、いわゆる首都直下型地震や富士山の噴火による被害は含まれていません。まさに内憂外患そのものですね。


 こうしたお話を書いていると、桜の花がうそのように思えてきます。


 肝心かなめの日本社会はどうでしょう。


 大阪の市立高校でバスケット部の生徒が部の顧問教師に体罰を受け続け、自殺してしまうという痛ましい事件がありました。ところが学校と教育委員会は「死んだ子が悪い」といわんばかりの対応で教師をかばう有様。それより先に起こった大津市の中学校での暴力事件でも学校と教育委員会は生徒の生命よりも先生を守ることに汲々として、次々にボロを出し、教育委員会制度そのものの改革は避けて通れないところに来ているようです。


 でも、この「体罰」とか、暴力とかは学校だけの問題なのでしょうか。見過ごせないのは幼児虐待による死者が増えているという事実です。つまり、赤ちゃんや小さな命が、本来ならば自分を守ってくれるはずの肉親によって命を絶たれるという悲惨な現実が進行しているのです。


 中でも、幼児虐待による死者の半数近くがゼロ歳、それも生後半年未満であるという事実にただただ驚かされます。一体これは何を物語っているのでしょう。これを読んでおられる方の中には若いお母さんもおられるかも知れません。「ありえない」「信じられない」といわれるならば私も少し安心します。


 でも、現実には「子育てに自信がない」どころか「何で子供を産んでしまったんだろう」と悩む若いお母さんが増えているのだそうです。赤ちゃんが泣きやまないと、それだけで自分も泣き出し、首を絞めてしまった、という実例までもあるとなると、どうしたものでしょう。事実、そうした、「子供を育てられない」「子供がいることに大きなストレスを感じてしまう」という若い人たちが増え、それをいやすための、今はやりのNPOとかいう人たちも登場してきているのです。そんな馬鹿な、と思ったら「アンタも歳ですね」

 太平洋戦争で敗れた後の日本の家族は親戚までが同じ屋根の下に住むという、いわゆる大家族が崩壊し、夫婦二人と子供という「核家族」化が進行したとたん、それはそこに止まらず、特に大都会では結婚もしない「お一人様」の単身世帯の激増へと進むのです。


 こうした変化が、50年ほどの間にものすごいスピードで進行したのです。私が若者だった1970年代に「理想的」ともてはやされた、例えば多磨ニュータウンに代表されるような都市近郊の大規模集合住宅地域は今どうなっているでしょう。沢山の独居老人が孤立して暮らす問題地域へ変貌を遂げてしまったのです。それはそうでしょう。核家族で子供を育て、子供が育って家を出て行くと老夫婦だけ。そのどちらかが亡くなると後は独居老人ということです。


 この家族スタイルでは命のリサイクルはできません。親との同居は特にヨメとしてその家の息子と結婚した女性に様々な軋轢を強いました。だから、核家族化は特に都会地では必然だったかも知れません。女性はここで夫以外の家族から解放され、自分の時間をもてるようになりました。同時に自分も賃金労働力となり、家事労働は夫との共同作業となり、ついには家事をしない人となるケースも増え、スーパーマーケットやコンビニの登場がそれを支えました。


 ここまでは男女参画社会の推進が順調なように思われました。でも、女性が賃金労働力となると、昔のように3人、4人と子供を産み育てる事は極めて難しくなりました。30年前は夫が育休を取る制度などはありませんでしたし、女性の産休だってそう易々とはとれず、期間も今ほど長くはなかったのです。私の勤めていた職場は1970年代から男女同一賃金でしたが、それは当時としては珍しいケースでした。私は一応大学院を出て就職したのですが、同じ職場には大卒の女性スタッフが居ましたが、入社早々からお茶くみは私の仕事でした。これも珍しいことだった時代です。


 子供の数は急速に減り出しました。当時は「カギっ子」と呼ばれたのが、学校から帰っても自分で鍵を開けて無人の自宅にもどる子供たちでした。今ではそれが当たり前、母の乳首に吸い付いておっぱいを吸う、という経験なしで育つ人たちが多いのです。親子関係も劇的に変わりました。ウチの中で親がお茶を急須(きゅうす)で入れてくれるのを見ないで育つ世代が激増しているそうです。最早、お茶でさえも親のぬくもりはない人たちが多くなっているのだそうです。そして、独居老人たちにとって、「わずらわしい」ということで、極力避けてきた「近所づきあい」の少なさが決定的な、悲惨な人生の終焉を生んでいます。


 父と母はセックスフレンド。同じテーブルを囲んで食事をする一家の団らんを知らないで、家族の結びつきができるでしょうか。「家族」こそ、社会の中で最小、かつ最も大切な単位のはずです。

 昔、来日したデンマークの記者と九州まで旅行したことがあります。島原の旅館で夜中まで議論しました。彼がさんざんデンマークでは個人こそが中心で他人や社会は信用しない。「女はオレに金を払ってセックスする」なんて豪語する一方、「国を守るのは当然だ」というので、「自分だけ良ければいい、というなら、何のために国を守る必要があるの。危なくなったら自分の好きなところに逃げれば良いだけでしょう」と反論すると、言葉に詰まっていましたが・・・・・・・・


 ともかく、この国、この社会は私たちが支えて行かねばなりません。これまで、どれだけ沢山の方々がこの国を守ろうと一命を投げ出してがんばられたのか、忘れるわけには行かないでしょうね。


 後世、「平成という時代は後半にになってから良くなった」といってもらえるように、まずは私たち一人一人が人との様々な絆を大切にし、自分の命が多くの人たちの「おかげ」の上に立っていることを自覚し、しっかりと生きて行けたらいいな、と思いつつ、ボチボチいってみましょうか。

2013年 3月