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 正直なところ、少々困っております。池上本門寺での法話もなんとか勤めさせていただき、延台寺の「お会式(えしき)」も皆さんのご協力で無事終了したのですが、10月の初め、小松原のご法難750年で、ご本山鏡忍寺での管区法要に参加したとき、突然、激しいめまいに襲われ、目を開けていられず、なんとか法要終了後、多くの方に助けられて宿まで送ってもらいました。何十年ぶりかで内耳の障害に倒れ、目を開けると激しく見えるモノが回転して収まらず、やや自信をなくしまったのです。


 長年書きためてきた原稿の整理も一時ストップで、目下自分の体をだましだまし、ゆっくり作業を進めています。皆様もくれぐれも健康には留意してください。


 さて、早くも11月、平成25年も残り少なくなってきました。日本は夏以来異常気象に悩まされ続けてきた、と思っていたのですが、目を世界に向けてみると、異常気象は日本ばかりではなく、巨大な台風に直撃されたフィリピンや中国、台湾などのアジア、さらにはヨーロッパ、中南米まで、信じられないような集中豪雨や急激な自然環境の変化に悩まされている事が解ってきます。


 一体、これから私たちの生活はどうなるんでしょう。しろうとだって、一日で一か月分以上の雨が降ってしまえば、とんでもないことになるだろうということぐらいは想像できます。それが多発する台風そのものとか、それに刺激された豪雨で、ついには大島で起こったような悲劇が起こってしまいました。


 こうした中、世の中は経済はようやく「薄日」が差してきたと言う人が出てきましたが、政治の方はややこしく、国際政治ではいずれも核保有国である国連安保理の5大常任理事国には歯が立たない感じで、日本の政治は近隣の国との領土問題でも、米国をつなぎ止めておかねば見捨てられてしまう、と必死になっている様子がすけて見え、ほとんどそういう厳しい現実にはうとい世論から浮き上がってしまっているような気もします。


 例えば、私たち一般国民が知らないところで、米国は同盟国日本より中国を選んでしまうんじゃあないか、とか。そう思うと、領土問題も解決していないのに、今年に入って日ロ首脳会談が4回も開かれ、加えて、これまでは日米で定期的に開催してきた「2プラス2」、つまり両国の外相と防衛・国防大臣の協議まで日ロで開催し、経済のみならず軍事的な協力推進で合意したり、国会開催中に総理大臣がトルコを訪問して原発輸出を確定し、多面的な協力関係の推進で合意した事も「そういうことだったのか」と、うなずけるときが来てしまうのか、とも思います。


 太平洋戦争での敗戦後、日本国民は戦争およびそれに関係する軍事的なことを嫌い、長い間、考えることすら拒絶するほどでした。しかし、太平洋戦争から70年。この間、世界ではほとんど絶えることのない武力紛争が続いていました。


 東洋の果てでひっそりと、「紛争にも巻き込まれず」という多くの国民の切実な願いは朝鮮半島の血みどろの戦争に、国民に知らされることなく、米国から機雷除去の役割を強く求められ、以来米国との軍事同盟によって直接軍事的な活動こそ避けてきましたが、実はベトナム戦争の時代、一段と日本は軍事的にも重要な役割を果たし、この間の急速な経済成長で世界第2位の経済大国となってしまったことが、「ボク知らない」と言い続けることの困難さを増大させてしまったようです。

  「日本」という、小さいけれど人々が家族をはじめ様々な絆で結ばれ、よそから見れば強力な力と映った国は近代化をスタートさせるや「乞食が馬主となるようなモノ」と伊藤博文初代総理大臣に言わしめた朝鮮経営に乗り出し、「列強」の一角を占め、米内光政首相(海軍大将)をして「百年早い」と言わしめた欧米諸国の帝国主義競争に割り込み、果ては国土を灰燼に帰し、「平和国家」の看板を掲げたのでした。それが、「世界第2位の経済大国」と呼ばれたのもつかの間でした。


 ここに来て、自然までが日本の繁栄をねたんだようで、2度に及ぶ「大震災」も間近に迫った、もっと大規模な「南海・東南海大震災」の前触れであったと聞かされると、この国がせめて、「豊かな心の人が多く住む」すばらしい社会を築いて行けることを心から願わずにはおられませんね。

2013年 11月