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 あっという間にお盆がやってきました。東北では各地で一斉に夏のお祭りが行われています。家を失い、家族を失い、街を失うという大変な危機の中で、人々は自分たちの生かされた命をかみしめ、亡き人々の魂としっかりと結びあって希望を見つけ、先に進んでゆくため、全力で祭りを行っているのだと感じます。

  しかし、世間的には大震災から5ヶ月以上がたっても、なかなか復興が進まない状況に心が痛みます。多くの人たちが酷暑の中必死で捜索を続けているというのにいまだに5千人近い人たちが行方不明という、なんとも痛ましい現実があります。

  がれき撤去に3千億円以上の予算がついて、国がかかった全額を支払うことになっているのに、市町村から国への申請には、申請書に添付書類が10センチの厚さとは、しかも書類不備で2度も3度も受け取ってもらえない市があると聞き、耳を疑いました。市町村の職員の中には死亡した方も多く、家を失ったり、家族を失った中で昼夜奮闘している人たちです。この人たちに分厚い添付資料をそろえる徹夜作業を強いて、挙句はダメとは・・・ 今は非常時だというのに・・・ この国には政治家がいません。

  ところで、8月15日の終戦記念日が近づくと毎年さまざまな戦争関連番組が放送・報道されます。今年、私が驚いたのは敗戦65年にして、初めて、実は一般にはその存在が秘密にされていた日本軍の特殊情報部が、テニアン島の米軍基地の動きを察知し、特に原爆搭載のB29のコールサインをつきとめていたというNHKの番組でした。

  8月6日にはテニアン島から広島へ向かった原爆搭載機を6時間前からキャッチして上層部に伝えたが黙殺されてしまったという信じがたい事実について、当時の資料と当事者の証言で放送されたのです。しかも、日本軍が原爆の威力を知った後の8月9日、再びテニアンから飛び立った原爆搭載機の情報は長崎到着の5時間前には陸軍の最高首脳にも伝えられていたというのです。

  当時の日本には、あの有名な零戦よりもはるかに速度も速く、高高度を飛行できた、迎撃戦闘機「紫電改(しでんかい)」が大村飛行場に配備されていたのです。紫電改にはB29撃墜の実績もありました。ところが、撃墜命令はおろか、住民に対する非難命令も出されなかったのです。60年以上たって、初めてこのことを伝えられたかつての紫電改のパイロットは「なぜだ。無念だ。自分はB29の撃墜経験もあったのに、なんの指示もなかった」

  いま、世間はあげて反原発、脱原発が流行らしいですね。これまで、日本の電力が30パーセントを原発に依存していたことはみなさん知っていたはずでしょう。
「安全だと言われたから信じていたのに」東電はけしからん、と言っていれば安全だ、ということでしょうか。「だまされた」たしか、65年前も日本人はそう言って軍部を非難し、軍人はみな悪い、と決めつけ、自分は悪くなかった、と言ったり、「一億総ざんげ」ということで、なんとなく「自分は責任ない」と言い募ったのです。しかし、今や私もみなさんもこの国の主権者ですから、簡単に責任は逃れられないし、そう怖がってばかりいるだけではこの65年はなんだったのか、と思ってしまいますよ。

  民主党は一酸化炭素排出量25パーセント削減という国際公約を実現する為のカギは原発だ。石油などへの依存を縮小して原発を全体の50パーセントにする。また、経済の浮揚を図る決め手の一つとしてアジア諸国などへ積極的に原発輸出を推進する、という政策を推進していたのですよ。

  米国GE設計・製作の、日本の実情に合わない設計の福島第一原発が、米国にはない津波によって予備電力まで失ってしまった時、現場からの、大至急非常電源確保のため自衛隊か米軍の大型艦船を現場に回航し、水素爆発を防ぐべし、との悲痛な要求をはねつけたのは誰だったのでしょうか。日本の最高指導者は正確な放射線拡散予測図を知っていながら、その公表も拒否したといわれています。ある時期から突然「脱原発」を言い出した理由は、まさかこの辺の事情を隠すためだったのではないかと思いたいのですが・・・。

  60年以上前の指導者と、21世紀の指導者が、同じように国民の命を守るという基本から離れて、この緊急事態に対応していたとしたら、私たち国民は自分たちの将来をどう考えたらよいのでしょうか。話は原発で終わりません。途方にくれる思いです。

  それにつけても、故郷を愛し「絆(きずな)」をしっかり自覚し、先祖の大切さを信じて命の流れを教えてくれる人たちがいます。家族を失いながらも、将来のふるさとを立派に作り直すんだという、堅い決心で再建に向かって進んでいる多くの東北の人々には心から感動いたします。大震災で失われたおびただしい人々の魂が、お釈迦さまの格別のご加護を受けて、つつがなく悟りを開き、仏さまの国に住み、家族などゆかりの人々の守護となることを毎朝祈願いたしております。

  今年のお盆は、格別、改めて自分とご先祖との結びつき、家族の絆を確認する機会となることをお祈りいたします。


2011年8月