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 あの大震災から3か月がたっても毎日のテレビや新聞では依然として一番大きなニュースが震災関連ですね。
  聞くはなし、見るはなし、涙なくしては語れないことばかりですね。それにしても、人間の力は5百キロにもわたって海底が大変動を起こす等というとき、「あまりにも小さいなア」と思わずにはおられません。

 その一方、家族を失いながらも、将来のふるさとを立派に作り直すんだという、堅い決心で再建に向かって進んでいる人々には感動いたします。人は小さいけれども、立派でもある、ということでしょう。
 ひょっとしたら、世界第二位の経済大国となって、「何でも望めば手に入るんだ」と思う気持ちができてしまったのでしょうか。今はテレビを見ても、やたらに「環境に優しい」エネルギーのはなしとか、「生活を見直そう」というかけ声が聞こえてきます。結構なことでしょう。

  でも、どう見直すのか、新幹線(普通の電車の9倍も電気を消費するそうです)に乗るのはやめるのか、工業製品を作るのはやめるのか。この国を江戸時代のレベルまで引き戻すのか。もう一つ見えてきません。私はせっかくこれだけの尊い犠牲を払い、すさまじい破壊にあったのですから、社会、といいますか家族のあり方、人と人の結びつき、ひとの一生をもう一度見直すべきだと思います。あの、すさまじい震災を受けても、人々はしっかり助け合い、バラバラに分断されるなら仮設住宅に入るのを拒否しているんですよ。元自宅があったあたりの瓦礫の中から、先祖や家族の位牌を見つけ出してほっとしている人たちの姿を見たでしょう。今では仏壇を置く場所がない家もあるんですよ。

  さあ、もう一度震災の現場を考えてみましょう。福島第1原発の大事故ということがあり、メルトダウンだとか、避難地域への住民のたった2時間の「帰宅」とか、農業や漁業者の苦悩とか、作業員の被爆問題に至るまで、後手後手に回る政府の対応ぶりに対する批判など、深刻な状況が重くのしかかっていることも事実です。未だに1万人近い人々が行方不明になっているという重い現実があります。
 機械的に作られた仮設住宅では人々のつながりが分断され、仕事や学校にも行かれないという状況も生まれているそうです。食料も自分で確保しろとはいささか無慈悲でしょう。被災された方々の中には避難所や臨時の住居暮らしに3か月も耐えている人々が10万人以上おられます。

  大変な事態です。しかも、全国、全世界から寄せられた2500億円以上の義援金のうち、被災された方々に渡った額はわずか300億円あまりとか。被災者であるかどうかの審査が厳しいと聞くと、それこそとっくの昔にこの国に総理大臣がいたらば、その人が全責任を負って1秒でも早く配ってほしかったと思ってしまいます。でも、現在の総理大臣は今から一年前、日本中の大手新聞社がこぞって支持した人ですから、困ったものです。毎日、人が死んでいっているのに(すったもんだの末、やっとやめるようですが)・・・ こうした中、私も政府の復興構想会議議長の五百旗頭(いおきべ)真防衛大学校長(元神戸大学教授)と岩手県知事を3期勤め、総務大臣でもあった増田寬実さんのはなしを日本記者クラブで聞きました。

 五百旗頭さんは阪神大震災を自宅で体験し、今回の大震災を横須賀の防衛大学校で体験された方で、直接的な衝撃ははるかに阪神の方が激烈だったそうです。にもかかわらず、十分津波に備えていたはずの三陸地方で市や町がそっくり亡くなってしまうような被害を受け、その震災のスケールの大きさに圧倒される思いのようでした。しかし、東日本を必ずこれまで以上のレベルで整備された地域として復興させるという、強い決意を感じました。また、自衛隊の活躍で1万人以上の人が救われたことや、地震発生の瞬間、東北地方の新幹線網を20本以上の列車が走っていたにもかかわらず、地震発生の9秒前に警報が発せられ、一本の脱線事故も起こさなかったのは、日本の技術が世界に誇れる水準にあることを教えてくれました。高台に市街地を移動させる構想を持っているようでしたが、将来を考えて新しい構想の下に新しい東北地方を造って行くことも大切ですし、今、一刻を争い復興への道を進もうとしている人たちに手をさしのべることも大事でしょう。今後の成り行きを注目して行きたいと思いました。

 増田さんは岩手県知事の経験者として地方からの目線で話してくれました。現地で一番じゃまなのは東京から来る国会議員だったそうです。いろいろとメモを取り、「必ず実現します」みたいな事を言い残して帰っても、今までのところ、一つも具体化したものはなく、震災関連の法律もできていない(こういう事が実現するよう、与野党を超えた仕組みを作るのが総理の仕事です。評論家ではないのですから…)ということでした。また、東北自動車道をタダにする、などという発想は被災地では関心を持たれていないそうです。なぜなら被災地の多くの人々は自動車を失ってしまったので、高速道路など走れないのです。東京では「復興、復興」などと言われていますが、現地はまだ毎日葬式の連続で、仕事を失い、食べ物にも困っているのが実際だ、と聞かされると、本当に涙を禁じ得ませんでした。「明日は関東地方かも…」総理が震災関連の会議を20以上も作ってしまったため、責任も不明。
何も決められなくなってしまったようです。復興構想会議は委員に官僚を排しているので、阪神の時より格調高い構想が出てくるかもしれないが、具体化するプロセスが考えられていないのが不安だといわれました。気のもめることです。

  家族を失い、家を失い、仕事を失ったたくさんの人たちのことを思うと、ひたすら祈らずにはおられません。 

 延台寺では毎年5月の第4日曜に、「虎御石まつり」を行っています。
「虎御石(とらごいし)」とはお寺に伝わる御霊石(ごれいせき)で、鎌倉時代の舞姫「虎御前(とらごぜん)」の誕生の元となり、曾我兄弟の身代わりとなって剣難を防ぎ、仇討ち成就に結びつけたという伝説とともに伝えられてきた石です。この特別ご開帳を行うのが「とらご石まつり」です。今年は5月22日に「東日本大震災慰霊・復興支援」をうたって開催いたしました。

 当日はお賽銭全額約46、187円ほか、福島県支援として会津地鶏のカレーを販売した利益、手工芸品を無料で提供いただき売り上げた全額、出座僧と檀家篤志家からの義援金計197,862円を義援金として両親を失った子供たちを育てている「あしなが震災基金」に全額寄付させていただき、福島からレトルロカレーを90,930円で買い上げました。今後とも、様々な方法で被災された地域を支援して行こうと考えています。

 改めて「人は一人ではない」「人間より大きな存在がある」「人と人が結び合うとき、大きな力がわいてくる」ということを感じています。皆さんはいかがですか。


2011年6月