billboard.jpg

jyushoku_bar.gif

 この国はこれまで経験したこともない困難な状況におかれているというのにわが寺の桜は10日遅れとはいえ、咲いたのです。3月11日以降というものは何事も大震災がらみで事が進み、まだ、1万5千人以上の方々が行方しれずになっているというのに、4月も後半になってしまいました。それにしても、とんでもない大災害が起こってしまったものですね。

 先月、まるで昔の東宝映画「日本沈没」を観ているような、と書きましたが現実はそれ以上の惨状で、何とも恐ろしい事になりました。

 これだけの大災害に遭いながら、多くの人々がじっと耐えている姿が世界中の人々に感動をあたえている、ということですが、東京電力の福島第一原子力発電所の状況は逆に様々な困難を引き起こし、毎日7百人とも言われる、現場で苦闘している人たちばかりではなく、広い地域の農業や漁業に携わる人たちを苦しめています。

 先月、津波の同時中継を眺めているとき、ふと、私の心に「野次馬」的な心があった、と書きました。当日の現場は文字通り「阿鼻叫喚」すさまじい騒音と人々の叫び声が飛び交っていたはずです。ところが、その音を遮断してしまうと、映画の一場面のようになってしまうことを知ったのです。犠牲になった方々に本当に申し訳ない、と思うばかりです。

 それにしても、死亡を確認された方よりも、行方不明の方のほうが遙かに多いという、この異常な、悲惨な事実をどう見たらよいのでしょう。1万5千人の米軍と自衛隊の隊員が、2日間集中的に捜索して、発見された遺体が77人。 毎日、瓦礫の下の自動車の中から、次々にご遺体が発見されているそうですが、関係の 方々をお慰めする言葉がありません。

 若いお坊さんたちは現場に飛び、一生懸命炊き出しや、東京から持って行った物資を様々な方々にお届けしたり、亡き方々を回向するお経を読んだり、大本山でも七日七日の法要をしたり、それなりに努力しています。お金も集めています。

 でも、これほど広範囲に災害が及ぶとき、これはまさしくゆゆしきことです。
米軍を始め、各国の方々にも献身的なお力をいただきました。集められた義援金1300億円を分けることになったら、一家族あたり35万円とは、ため息が出ます。まさしく、この国は正念場です。いろいろな困難に出会っても、その都度、幸運に恵まれたり、すばらしい知恵を出す人がいたり、命がけの勇気を発揮する人がいたり、ついには世界第二位の経済大国になっていたのです。

 しかし、今回の福島第一原発の原子炉が、東芝製といわれながら、実は国策で米国GE社製のアメリカの機械であること。原発に限らず、世界第2位といいながら、右から左まで、実は外国から買ったものを自分のモノに消化し、やがて元の製品より優れた品物を作るという、千年以上前から続けてきたパターンから抜けきれず、国の仕組みは戦後新しく生まれ変わったといわれながら、実は軍隊以外は全部、とくに国の中核をなす官僚制度は全く戦前のままでやってきたという事実をヨーク考える時ではないか、とも考えます。大地震や津波は関東地方にも迫っている、ということをいう学者もいます。

 中国に抜かれて三位になったとたん、後ろから蹴飛ばされたような大震災。
なにか、一つぐらい良いこともなければ、亡くなった人々が浮かばれないでしょう。まさに、根本から国のあり方を考え直し、また、人と人が力を合わせ、家族や人々が結びつきを取り戻し、もう一度「いのちの大切さ」をかみしめて、すばらしい社会を実現する事がかなわなければ、この国は惨めな未来に向かってしまうかもしれ
ませんね。

 気がついたら、もう桜は散ってしまいました。頭の中に、津波の押し寄せる中で、次々に土煙を立てながら木造家屋が流されてゆく、恐ろしい光景がこびりついてしまったようです。でも、一歩一歩前に進んで行かなければならないのでしょう。

2011年4月