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 11月、同じ週に2回の葬儀を行いました。住職歴30年以上で初めてのことでした。ご遺族の方たちと話をしていて、当然といえば当然でしたが、改めて現代人は「死」を考える機会をほとんど持っていないことを痛感しました。これこそ万人に共通する運命なのに、私たちは無意識のうちに避けているのでしょうか。

  最近、日本記者クラブで地震学の石橋克彦神戸大学名誉教授の会見を聞きました
(私はまだ日本記者クラブの会員なのです)。ご存じの方も多いと思いますが、石橋さんは若き日、駿河湾沖地震を予測し、週間朝日の表紙を飾るなど、一躍「時の人」となった日本の地震学を代表する学者の一人です。私にとっては高校時代の一年後輩の秀才です。久しぶりに再会した石橋君は”教祖”を思わせる風貌でした。

  それにしても、淡々と語る巨大なスケールのはなしは、バイカル湖に端を発して、ゆっくりと日本列島を東に押しているアムール・プレートのことといい、東南海、南海、駿河湾と三つの地震の連動はそれにとどまらず、糸魚川ー静岡線の大破砕帯、ウォッサマグナまで巻き込んだ巨大地震になる可能性があることといい、忘れられない内容でした。

  「えらいこと聞いてしまった」というのが正直なところです。なにぶんにも日本列島は全体に傷だらけなのだそうで、危ないのは活断層だけではないのだそうです。
  「どこへ逃げればイイんじゃ」まったく。
  もう一度、私たちは大地の恵みに感謝しつつも、自分たちの営みが広大な大宇宙の中では決して大きなものではなく、「天を恐れる。神仏を敬う」という昔の人たちの心を忘れきっていると、とんでもない事に遭遇してしまうということをもう一度かみしめた方が良さそうですね。もちろん、人生に全力で立ち向かう精神は尊いということも絶対忘れてはなりませんが。

  ところで、戦争に負けて60年以上経って、これまで不明だった資料や様々な証言が公開され、かつての戦争が一部軍部の独走だった、などという単純な見方が完全に誤っていたことを次々と明らかにしていますね。いまさらながら驚くことが多いのは私だけではないでしょう。

  中でも、今年NHKが2度にわたって放送した、広島、長崎への原爆投下についての驚くべき事実を伝える番組には血も凍る思いをいたしました。
  それは当時、陸軍秘密情報部という組織があり、原爆を搭載するB29戦略爆撃機のコールサインと発信基地を突き止め、8月6日、投下当日の6時間前にはテニアン島から原爆を搭載したB29が飛び立ったという情報が上層部に通告された、というものでした。
  では、通告を受けた防空司令部は大村航空基地に待機していた、B29撃墜の実績を誇った新鋭戦闘機「紫電改」に迎撃命令を出したのでしょうか。いいえ。
  では、広島市民に避難の指示を出したのでしょうか。いいえ。空襲警報すら出さなかったのです。
  百歩譲って、このときはまだ、情報に確信が持てなかった、といういい訳があるかも知れません。それならば、3日後の長崎の時はどうだったのでしょう。投下5時間前、情報は最高司令部に上げられました。この時、政府は戦争終結について激論を戦わせていたそうです。

  結論としてはまた、何も行われませんでした。「公表すればパニックが起こる」
  どこかで聞いた気がしませんか。今回の震災でも政府は常に情報を小出しに、タイミングを外して出しています。正確な放射能の拡散予測を持っていながら、原発周辺の住民への避難指示は後手後手でした。子供たちにフッ素材を飲ませる指示も出しませんでした。現場から要請されたにもかかわらず、一刻を争う原子炉への海水注入を遅らせ、水素爆発により広範囲におよぶ深刻な放射能汚染と原子炉の溶融を起こしてしまいました。

  NHKの最近放送の番組によると、3年前、東電の安全委員会で石橋さんが委員として、福島第一原発には10メートルを超える津波が襲ってくる可能性があると発言したのに、何の具体的な対策も取られなかったそうです。
  政治指導者や東電、それを支えた学者たちの責任は明確にされねばなりません。でも、ヒトのことばかりあげつらってはいられません。どうも、ご先祖以来、この国の人たちは情報を持っていても、自分に都合の悪い情報についてはなるべく考えないようにし、あるいは、自分に都合良く解釈し、しっかりと正面から受け止めることが苦手だったようです。私たちはどうでしょう。大自然の大きな力の中で、人々の絆がしっかりと見えるような家族、そして社会であって欲しいですね。そうでないと、この社会に救いがなくなります。

  今年はまた、7年ぶりに宇宙探査機「はやぶさ」が小惑星「いとかわ」の微粒子を持って、奇蹟の地球生還をはたしました。このプロジェクトに参加した人々の不屈の努力とすばらしいチームワークを知るにつけ、改めて日本人のすばらしさを実感いたしました。日本人には大きな可能性があります。来るべき年に大いなる期待をいたしたいと思います。

  新しい年の皆様のご多幸とご健康をお祈りいたします。


2011年12月