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 うっとうしい毎日ですが、お元気にお過ごしのこととお祈りいたします。
毎年のことながら、梅雨が豊作の元をもたらしてくれるとは知りながら、好きになれない季節です。しかもここ数年、地球の変動期なのか、妙に雨が降らなかったり、降ったと思えば記録的な豪雨で人的災害まで起こってしまうというちぐはくさ。今年もまた、九州や四国は豪雨災害にさらされています。
「これまでにない」

 という言葉が気象のはなしにしょっちゅう出てきます。
「異常」が当たり前になる恐ろしさを感じます。

 昔から、東洋では「人間は自然の中で生かされてゆくもの」と言われてきたそうですが、人間の知恵の限界を思い知らされると同時に、ある限られた範囲の中であっても、全力を尽くし、避けられる災害から人間の社会を守ることが十分に行われているのか、取りようによっては「コンクリートから人」を否定する、ととる方もあるでしょうが、何人も日本列島に住む者として治山治水の重要性を否定する方はないだろうと思います。


 そして、自然災害も怖いですが、敗戦後60年以上経って、改めて占領軍(GHQ)によって進められた多くの改革を考えてみますと、日本社会に大きな成果を生んだものもありますが、他方、もう一度この国にあった体制を考えた方がよい点とがあろうと思います。
おそらく、その一つが家族のあり方でしょう。
戦前のようにしろ、などという気は毛頭ありませんが、今の惨状を見ると、何とかせねばこの社会は滅びてしまう、と思うのです。


 自殺することを、最近は「自死」ということ言葉で語られることがあります。
自分を「殺す」というのが、遺族おも傷つける、という考えからだそうです。
毎年、3万人以上います。
「無縁社会」というタイトルがNHKの番組に登場しました。
なんと寂しい言葉でしょう。「孤独死」という言葉とも対になるのでしょうか。以前にも申し上げたと思うのですが、タテとヨコに様々な「縁」を結んで生きているのが人間でした。また、「目に見えないこと」「そこにないモノ」を考えることができる動物が人間のはずでした。


「自分の人生は自分だけのためにある」
「目に見えるモノだけを信じよ」は不幸な結果を生むだけだと思います。最近、参議院の選挙も終わり、この国はなかなか混迷から抜け出せそうもない結果が出ました。「この国はゆっくりと、しかし確実に沈みつつある」

 と以前も書いたと思いますが、優れた指導者の不在を嘆く前に、この国はこれまでが運が良すぎたのだ、と言うことに気づくべきだと思います。
今年は久しぶりの龍馬ブームですが、あの、明治の大変革では、その目で直接ヨーロッパを観察した若者たちが変革の中心となり、開明派の大名たちをだましつつ明治維新を実現しました。もし、長州が京都の街に火を放って天皇を人質として尊皇攘夷路線を突っ走ったら(これは寸前で新撰組に阻止されました)、もし、15代将軍が大政奉還に同意せず、自分と自分の政権に固執したら、もし、坂本龍馬のような人が、勝海舟に巡り会わず、あの時代に活躍できなかったら、日本の近代化はなく、現在の日本はなかったでしょう。


 あまりの日本とヨーロッパとの発展のギャップの大きさに絶望に近い思いを抱いた明治のリーダーたちは、「考えるな、その暇はない。今はまねすることに徹せよ」と主張し、東京大学まで西洋をまねる場所としました。これは大成功し、その後の発展があるわけですが、ここで、日本人は「自分で考える」という当然やっておかなければならないプロセスを飛ばして短時間で発展を勝ち得ました。
「考えず、まねをする」ことでつかんだ、「無敵の帝国陸軍」や「世界三大海軍国」はモノの見事に太平洋戦争で崩壊し、大日本帝国も崩壊しました。が、今度も「全てアメリカのまねをする」ことで、経済大国に生まれ変わり、GDP世界第二位を実現しました。

 まねをする適当なモデルが無くなってきたとき、この国は行き詰まったようです。
当分この状態は続くでしょう。今までは運が良すぎたのです。必要なプロセスを
省略してトップの近くまで来てしまったとき、この国の将来は雲の中となっているのでしょう。
こういうときは基本に立ち返り、足下から固めてゆくしかないでしょう。しかし、
「なぜナンバーワンでなければいけないのですか」という質問をした政治家がいましたが、あれもいただけません。この国の基本が解らない人に舵取りを任せるのは、さらにこの国の沈没を早める危険があるからです。なんとなく、ムードとして「一番」を選挙のキャッチフレーズにした政党が議席を稼いだようですが、これも困りものです。
真剣にもう一度、家族のことから、考えたいモノですね。

 これからの子供たちには生きる覚悟が必要だと思います。
これまでのように、勉強が良くできて、有名な大学に受かっても、その先に何が待っているか解らないからです。ソニーやパナソニックだってアメリカだけではなく、韓国や中国のメーカーに負ければ(もう負けつつあります)、これまでのように恵まれた待遇を保証はできません。日本航空だってつぶれる時代なのです。

  ここ20年ほど恵まれきってきた公務員(特に上級職といわれる人たち)だって、次第に茨の道を歩むことになります。親御さんだって、その先輩たちがエンジョイしたような、恵まれた年金はもう出ないでしょう。保険制度も壊れつつありますね。
みんな子供の数が減ったからです。
「子供はじゃま」と言ったキャリアウーマンもいましたが、今では孤独死が迫っている人も決して少なく無いでしょう。「政治家が悪い」「社会が悪い」ですか?
「で、あなたは」と、問いたいですね。

子供は産みたくても埋めない方もおられますから、乱暴な言い方は避けねばなりま
せんが、子供を産みたくても「金がない」「時間がない」といった意見を耳にすると、
単純な私などは「ソーかなアー」と思ってしまうのです。食べるものもないような苦しい時代でも、この国にはたくさんの子供がいました。その人たちは塾などはゆけなかった人も多いのですが、実社会で先頭に立ち、この国に今の姿をもたらしたのです。

「女は家にいて子供の世話をしていればいいって言うの」とのおしかりも聞こえて来ます。男も育児休業をとる時代です。この国がどんな国になるかは若い人たち、特にこれから成長する人たちにかかっているわけですが、どんな国になっても、そこに住む人たちが「いのち」の大きな流れと、自分たちの「いのち」が途方もなく、たくさんの「いのち」のおかげでそこに存在するのだ、ということを実感して生きていってほしいですね。


私はこの国の将来を信じたいのです。
20世紀、人間はどん欲に自分たちの欲望を追求してきました。
21世紀は違うべきだ、という人たちもいますが、皮肉なことに世界最大の人口を
持つ国、中国と二番目に大きな人口のインドという、人類文明発祥の地が今、まさに欲望に目覚め、どん欲に成長路線をひた走っています。これは良い悪いの問題ではなく、たまたまこういうタイミングになってしまったのだ、と思います。


長い人生に後悔しないように、着実に、自分の可能性を大いに発揮してください。


2010年7月