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 お盆のドタバタが終わり、締めくくりのお施餓鬼(せがき)法要も無事におつとめし、ほっと一息ついたら、庭にはたくさんの赤とんぼが群れ飛んでいるではないですか。
梅雨の終わりがはっきりしないまま、妙な天気の連続で「うだるような暑さ」をあまり 実感しないうちに、夏は終わってしまったようです。
自然は変わり目に来ているようですね。全国で多発した記録的な集中豪雨などにも「どうも変だ」と思わせられたのではないですか。本当に心配です。

ところで、変わり目にあるのは自然だけではないですね。

 8月30日に行われた総選挙の結果が大変なことになって、毎日マスコミはその後追い報道に追われています。長く不敗を誇った自民党が初めて半数を大きく下回り、政権を民主党に明け渡すことになったのですからむりからぬところです。
報道している方も経験がない事態で、混乱もあるようです。

 1945年の敗戦以来最大の転換期に来たと解説されていますね。
それどころか、敗戦でも変わることなく続いてきた、明治以来140年にもわたって日本の発展を支えてきた官僚制度が初めて変革を求められる、という指摘をする人もいます。本当にそうだとすると、一体どんなことになるのか、期待と不安が入り交じって、「すべてが良い方に」と祈らずにはおられませんね。

 さて、7月のこの欄で、「次回は私がこの6月に出席した国際会議についてお話ししましょう」などとエラそうなことを言ってしまったことを思い出しました。
と、いうわけで少々お話しましょう。
なんで一介のお坊さんである私がそんなところに行くんだ、と思われるでしょう。
実は私は住職の傍ら勤めを持っていました(俗に言う二足のわらじ、というやつです)。
で、勤めていたのが、日本中の主な新聞(朝日、読売、毎日、産経、日経をはじめ全国の新聞)や放送(NHKと民放のキー局)それに共同や時事という通信社で構成する日本新聞協会という団体で、専任職員が120人以上いました。

 どうしたわけか、私は主に報道界の国際交流担当が長く、ヒラのスタッフから部長まで25年以上勤めました。この間、中国政府との記者交流中断をめぐる北京での単独交渉や、神戸に皇太子ご夫妻をお招きしての70か国千人が出席した世界新聞大会開催事務などをやらせていただきましたが、最終的に会長の代理として背中にヒヤアセをかきつつ、いくつかの国際団体の理事や常任代表を勤めたのです。

 62歳数ヶ月で退任いたしましたが、かつて理事を務めた国際編集者協会(IPI=本部ウィーン))からは前理事ということで、 毎年大会の案内が来ます。
今年の大会はヘルシンキでした。やめた後のエジンバラ、イスタンブール、ブタペストと、毎年大会には出席してきましたので、今年も行ってみることにしたのです。

 もっとも、OBは気楽なもので、団体の存続をかけた組織改編や財務問題などの討議に加わる必要もなく、ただ、3日間にわたって世界中の著名な言論人が世界の言論状況を巡って議論しているのを聞いているだけです (もっとも全部英語ですから聞き取れないところも結構あるのですが)。逆に、現役時代はできなかった、会議の合間に街を歩き回る楽しみは増えました。

 フィンランドは小さな国です。スウェーデンの植民地からソビエトの領地となり、
ようやく独立を果たした国です。しかし、偉大な音楽家シベリウスを生んだ国であり、
世界最大の携帯電話会社ノキアを持ち、森と湖のムーミンの童話のふるさとでもあります。

 首都ヘルシンキは人口こそ60万人という規模ですが、大戦直後にはオリンピックの開催地ともなった、水と緑に恵まれた都会です。会議終了後、午後の飛行機を待つ間、ホテルのそばの水辺の公園でしばしくつろぎました。
やはり思うことは日本のことでした。

 イギリスでも思ったことですが、ご存じの通り、日本は最早世界第2位の
経済大国ではありません。中国に抜かれて3位になったのです。
遠からずインドにも抜かれて4位に後退するようです。でも、問題はそんなことではないのです。
例えば、イギリスのGDPは日本の半分もありません。でも、世界でのイギリスの
存在感・影響力は日本以上です。フィンランドで人々の生活を眺めていると、日本より豊かなようです。人々の幸せが守られた国にいる、という実感がありました。
ブタペストでは長い間ソ連の支配の中で苦しみ、ようやく自由を得て、国中が張り切って発展に取り組んでいる姿に強い印象を得ました。


 日本はすでにそういう時期を経験し、今は全力で取り組んでゆく目標を見失っているようにも感じます。しかし、7月のこの欄で紹介したような、すばらしい、若い日本女性が登場しているのも事実です。私はこの国の将来に期待します。
そして、国の将来は人々の安心を保証する制度と人々の努力、それに一人一人の心の組み合わせが大切なのかな、と思いながら帰ってきました。

 言うまでもなく、私たちの今日の生活は様々な先人たちが千年以上にもわたって積み重ねてきた、血のにじむような努力と汗の結晶の上に成り立っている、ということは改めて説明する必要もないでしょう。
私たちの一生は私たちだけのものではありませんね。

 大変な変革期を迎えた日本であればこそ、人間の命が永遠の流れの中にある、
とお説きになったお釈迦さまの教えがとても大切になって行くのだ、と強く感じます。
あなたはどうですか。

2009年9月