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 うだるような猛暑。
「これでは命がもたん」なんて言いながらフーフー。気力体力も限界か、と思ったら、お盆が明けて何日もしないのに、突然涼しい毎日。そうかと思えば、突然雷鳴とどろき、聞いたこともないような豪雨。どうも、温暖化だけではなく、季候はいよいよおかしくなってきたようです。しかし、おかしくなったのは季候だけでしょうか。
「また、お得意のお説教か」と言わないで、まあ、聞いてくださいよ。

 東京のお檀家から、朝6時頃「91歳になる母が亡くなりました」と連絡があったのはお施餓鬼法要の2日後のことでした。ちょうど、この国が中国との泥沼戦争にはまり、目先の景気の良さに目がくらんでドイツと手を結んでしまって、太平洋戦争への道を歩んでいたとき、このご夫婦は結婚したのです。
ちなみにご主人も96歳で健在です。

 昭和15年に長女が生まれ、17年に次女が誕生。18年には長男を得て、お国のために粉骨砕身、昼夜の別なく、軍需工場と化した電機メーカー(無線機などを製造)の設計担当の課長として働くご主人を助け、得意の裁縫で家計を支えつつ迎えた20年。
敗戦直前の4月、ついに疎開を決意したのだそうです。見知らぬ信州の地へ産み月が迫った身重な体に1歳半の長男を背中にくくりつけ、両手に長女と次女の手をしっかり握りしめ、超満員の列車を乗り継いで、着いた先は牛小屋兼カイコ小屋。
ゴザとむしろを敷いたところが親子4人の落ち着き先。
ここで無事次男を産み落とし、生まれて初めて人糞の桶を担いでの農作業に涙しつつ、それでも子供達は全員無事で、8月15日の終戦。
戦後、東京に帰ってみれば同じ家に親戚2組も同居。そうした矢先、その家を世話してくれた社長から「悪いけど出ていって」と言われ、途方に暮れて家捜し。
それでも、22年には次男が生まれ、食べる物、着るもの、何から何まで欠乏していた時代を親子7人で乗り切り幸せな後半生を迎えることができた、ということでした。


 今聞けば、まさに動乱の時代をよくぞ生き延びた、と思えるのですが、当時としては
むしろ当たり前であった、いな、運が良かった方とも言えるかもしれません。
ウチの寺でもご家族から戦死者を出されたお家が多くあり、中には一つの家族から2人も戦死された檀家さんがおられます。そうした状況から見れば、このご家族は戦死者も出さず、空襲にも会わず、戦後の混乱期に餓死した人もいなかったからです。平成の現在から見れば、「信じられない」と若い人は言うかもしれません。
しかし、多くの日本人がそれを体験した時代が今から60年前にはあったのです。
そのころ、今思えば家族は様々な苦難に耐えつつも、親と子はしっかりと結びついていたと感じます。

 私は昭和18年生まれで、父は敗戦後ビルマ奥地に捕虜となり、母はその生死を確認することもなく、自分の着物や帯をお百姓さんのもとに運び、代わりにもらったサツマイモや、庭を耕して作ったカボチャを海水で煮て私たち兄弟を育てたのです。
この話を若い人にしたら、海水で煮るなんて面白いですね、といわれて面食らいました。当時、塩、醤油、砂糖などはほとんど手に入らなかったのです。
 着るものといえば姉のお下がりを母が縫い直したもので、よく学校で同級生からからかわれたものです。
 しかし、ウチは幸運にも父が生きて復員して、貧しくとも親子そろったその後の生活があったことは、いまだにありがたいと思っております。 戦病死された方々のご家族を思えば、恵まれている、申し訳ない、という感情は今でも消えておりません。 



 何が言いたいんだ、ってご質問ですか。
そう、家族ですよ。ご存知の通り、私たちも動物です。
ですから、「ヒト」という動物が繁栄してゆくためにはその基礎となるしっかりした家族が必要ですよね。一言で言えば、カネで子供は育たない、って事です。
でも、今、言われているのは子供一人を育てるには何千万円かかる、とか、どこそこ大学にさえ入れれば、とか、そういうことばかりでしょう。だから何人作るとか、作らないとか。では、貧しい国の人々や貧しい時代の日本で、沢山の子供がいたのはなぜなのでしょう。貧しい家から素晴らしい人材が多く育ってきたのはなぜなのでしょうか。また、女性の社会進出が進んだ現在では、「子供は仕事のじゃま」という声さえ聞きます。こういう社会は滅びますね。
女性が男性と共に社会の第一線で活躍する事は世界の常識となっています。
そのことと、次の世代をしっかりつくってゆくことは両立しなければ、その社会は発展できません。 残念ながら、今のこの国は子供の減少で年金、保険、すべてやって行けなくなってきました。一番社会の基礎となる部分を見捨ててきたからです。


 かつての私の部下だった女性は二人の子供さんを必死で育てつつ
会社の方でも課長さんとして活躍しています。そういう方々が少しずつ増えているのはかすかな希望です。 「自分が親のじゃまになっている」、と感じつつ成長する子供にどんな将来があると思いますか。
 親が自分に期待するのは金のため、と感じた子供は親を尊敬するでしょうか。
子供は親が思う以上に親のことを鋭く観察しています。家の中で、お母さんが子供はなめるようにかわいがりながら、年取ったお父さんの親御さんに冷たく接していたご家庭では、成長した子供達があれほどかわいがってくれた母親に対して冷たくあたる、という例も知っています。

 「あれほどかわいがったのに」となげくお母さんに申しました。
「あなたが、ご主人の親御さんに接する態度を子供さん達が真似しているんですよ」
家の中で、相当無理してまで、なんでも子供のほしがること、やりたいことをかなえてやったのに、学校を卒業して就職したら、どこも長続きしないで、とうとうフリーターになってしまった。
今では年金生活の親が面倒見ている、というウソのような話しも耳にしました。
何でも自分の思い通りになる、と思って育った人は社会でやって行けません。お宅は大丈夫ですよね。家庭内暴力、家庭内の殺人などの凶悪犯罪。実に痛ましい限りですが、ほとんどの場合、そこに至るまでに大きな間違いがあった、と申し上げるほかございません。

 「今回は話が長いね。話が長くなるのは年寄りの証拠だね」なんて言われそうなので、
この辺で止めておきますが、どうか、ご自分の命が自分だけのもの、とか、自分の一生は自分だけのためにある、なんて悲しいことを夢にも思わないでくださいね。
「えっ、俺の一生がおれのものじゃないっての。そんなことはないゾ」
と思われる方もいますか。
じゃあ、次にお彼岸にからめてお話しいたしましょう。


2008年9月