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 早いもので、梅雨も終わりの7月中旬。
うっとうしい毎日がようやく終りに近づいて、暑さが体にこたえる毎日です。
前回筆を執って以来、2か月がたったわけですが、この間世間では、相変わらず様々な事件や出来事がありました。

いつものことといえば、それまでですが、あまりにも酷すぎる事件(例えば東京の秋葉原で起こった無差別殺人事件)が気になります。

最近テレビで、名を知られた評論家と称する人たちが、口々に「お墓なんかいらない」
とか、「生きている人間が大事なんだ。死んだ人のことまで考えていられない」などと発言しているのを見て、愕然としました。
「自分の生活」が大切なのは当たり前のことです。でも、それは「自分だけのことを考えていれば良い」ということとは全く違うと思います。

今問題を起こしている原因は、ひょっとしたらこの辺にあるのではないでしょうか。

江戸時代や明治時代、いや戦争に負けるまではまだまだ、家が中心で、本家や分家が人々の生活に大きく影響していました。
「家のために」自分を犠牲にするのが当然と思われたこともあったようです。女の人は結婚した後も、嫁ぎ先の家のため、そこに住む夫の両親や兄弟や、本家の人々や、ともかくたくさんの人のことを考え、その人たちのために尽くさねばなりませんでした。

こうした、一人一人の人間の幸せを制限するような制度が占領軍の命令で廃止されたのは良かったと思います。占領軍は民主主義の推進、農地解放の実施など、今日の発展の元となる改革も実施しました。
しかし、占領軍は学校での歴史教育、地理に関する教育も全面的に禁止しました。

「個人主義」、戦前なら「お前はアカだ」等と言われたそうです。
「バンザイ、これからは自由なんだ。何でも自分が思ったとおりやれば良いんだ」
「それまでの制度、考え方は全て悪かったのだ。
すべては進駐軍の、マッカーサー元帥のおっしゃるとおりにすれば良いんだ」
それから60年が経って、今の状況となりました。

「ご本家」のアメリカに行ってみて、「個人主義」は「自己中心主義」ではまったく無いことを知りました。
「自由」は「勝手」とは全く違います。
自分の責任が強く求められ、社会に対しての貢献を強く求められます。

「ご本家」が苦しんでいる事があります。「家庭の崩壊」です。
ベトナム戦争までのアメリカ社会は両親を大切にする社会でした。
1950年代の「シェーン」という有名な映画で、シェーンは家を出てゆくとき、その家の男の子に「お父さんを敬え、お母さんを大切にしろ」と言い残しています。
驚きました。

今、アメリカの離婚率は50%以上で、本当の両親の元で成長する子供達は半数以下となり、その影響が現在の社会に様々な問題を生んでいます。
日本では、どうでしょう。大きな問題ですね。人間も動物の一種ですから、子供の数が減れば、自然に滅びてゆきます。もし、親たちが「子供はじゃまだ」と感じたら、その瞬間からその社会はどんなに頭の良い人がリーダーとなっても滅んで行きます。

続きはまた・・・・・・・・


2008年7月